向いてるか分からなくても大丈夫|50代がレザークラフトを始める前に感じていた不安

レザークラフト
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向いてるか分からないまま、レザークラフトを始めるのが怖かった

老後のことを考えると、不安は静かに積み上がっていく。
時間を持て余して、どんどん老け込んでいくんちゃうか。
孤独感が増えて、楽しみが減っていくんちゃうか。

口には出さへんけど、
そんな感覚が、どこかにあった。


老後のための趣味を探していた頃の自分

そんな中で始めたのが、レザークラフトやった。

最初は
「老後のための趣味を探していた」
という表現が、一番近いと思う。

何か手を動かすこと。
できれば一人でも続けられること。

そんな条件で、たまたま目に入ったのが革やった。

正直、最初からハマると思っていたわけじゃない。
むしろ
「どうせ続かんやろ」
という気持ちのほうが強かったと思う。


向いているかどうかより、怖かったこと

不安の正体は、意外と単純やった。

努力できないことが怖かったわけじゃない。
コツが分かっていて、
あとは時間をかけて身につければいいなら、
たぶん何とかやろうとする。

怖かったのは、その逆。

  • なぜうまくいかないのか分からない
  • どこを直せばいいのかも分からない
  • 改善点が見えないまま、時間だけが過ぎていく

この状態になったら、
きっと途中でやめてしまうやろな、と思っていた。


楽しくなかったら、やめるつもりやった

もうひとつ、はっきりしていたことがある。

やっていて楽しくなかったら、
たぶん早めにやめるやろな、ということ。

老後の趣味として考えているのに、
しんどい時間を増やすのは違う。

「続けなあかん」
「ちゃんとせなあかん」

そんな義務感が出てきたら、
それはもう、自分が探している時間ちゃうなと思っていた。


最初に作ったのは、端切れの革の小さなカバー

そんな不安を抱えたまま、
最初に作ったのは、
端切れの革を使った、刃物(別たち)の簡単なカバーやった。

型紙もなし。
設計もなし。

「まあ、適当にやってみよか」
ほんまに、それくらいの気持ちやった。

失敗してもええ。
どうせ自分用やし、くらいの感覚。

意外と、ちゃんと形になった

やってみたら、意外とちゃんと形になった。

自分では
「まあまあかな」
くらいの出来やったけど、
家族に見せたら、えらく驚かれた。

細かいところなんて、誰も気にしてへん。

そのとき、ふと気づいた。

完成度を気にしていたのは、
自分だけやったんやな、と。


「行けるかも」と思えた理由

その一個を作っただけで、
「あ、これ行けるかも」
そう思えた。

理由はシンプルで、

  • 技術がなくても形になる
  • 上手じゃなくても、使ってもらえる
  • 喜んでくれる人がいる

それだけで、十分やった。


最初から「ちゃんと」やろうとしていたら

あとから思う。

もし最初に、

  • プロの型紙通りに作ろうとしていたら
  • YouTubeの完成形を目標にしていたら
  • 正解を探してから始めようとしていたら

たぶん、
最初のひとカットが、いつまでも入れられなかった。

端切れで、
小さくて、
自分用で、
適当で。

その順番やったから、始められたんやと思う。


老後の趣味は、結果より「時間」の話

この経験で、レザークラフトへの向き合い方が変わった。

「やらなあかん」が消えた。
触らない日があっても、気にならない。
完成しなくても、別にいい。

これまでの人生、
どうしても結果ばっかり気にしてきたけど、
老後は、もうええかなと思えてきた。

楽しかったら、それでいい。


向いてなくても、やめてもいい

極端な話、
カットするのが楽しいけど、
縫うのが苦手で面白くないなら、
永遠にカットだけしててもええ。

作品が完成せんでもええ。

老後の趣味は、
正解を当てるものやなく、
楽しい時間を探すためのものやから。

向いてなくてもいい。
途中でやめてもいい。

そう思えたことで、
逆に、気持ちはずっと楽になった。

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