【認知症シリーズ第8話】電話が怖かった日々と、母がくれた“静かな救い”の話

家族と仲間
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施設からの電話が鳴るたびに、胸がざわつく

母が施設に入所して一年。認知症は少しずつ進み、機嫌が悪い日や寝たふりをして動かない日が増えた。
特にしんどいのは、施設からの電話が鳴る瞬間だ。着信の名前を見た途端、胸がざわつく。良い知らせの可能性が低いことを知っているからだ。

先月は電話が二度続いた。
一本目は、母が夜中にベッドで排便し、それを口にしてしまったという報告。
二本目は、施設廊下の非常ボタンを押してしまったという連絡だった。
職員さんは落ち着いて対応してくれたが、私はすぐに“最悪のシナリオ”を想像してしまった。

以前、病院に骨折で入院した際に迷惑をかけて、早めに退院を促された経験がある。
その後の家族介護の大変さを思い出すと、また生活が“介護オンリー”になる未来が怖くなる。


面会に行けなかった3ヶ月と、罪悪感との付き合い方

この3ヶ月、私は面会に行けなかった。
家族の予定を理由にしていたが、本当は「変わっていく母の姿を見るのが怖かった」からだ。

同じ悩みを抱える読者も多いだろう。
面会に行けない自分を責めてしまう──そんな気持ちは、介護を経験した人なら誰もが持つ。

しかし、距離を置いたからこそ見えるものもある。
ふと、母が認知症になり始めた頃、弟と三人で過ごした時間を思い出した。
20歳頃からほとんど会話をしていなかった弟と、母の介護をきっかけに昔話をした日々。
認知症でなければ、訪れなかった時間だった。

その記憶がよみがえり、不思議と涙が出るような安心感に包まれた。
「認知症はつらい。でも、家族がつながり直す時間もあった」と気づいた瞬間だった。


罪悪感を軽くする“面会の線引き”

面会は「行けるときに行けばいい」。
義務ではないし、愛情が薄いわけでもない。

迷ったときの合図はひとつ。
自分の生活が守れるペースかどうか。
これだけで十分だ。

距離を取ってもつながりは切れない。
その柔らかい事実を、自分に許してあげてほしい。


薬が合うと、母は少し落ち着いた

先月から薬が変わり、母は以前より落ち着いた様子が増えた。
義理の妹が面会した日は、普通に一緒に昼食を食べたという。
昨日、私が病院に連れて行った時も、表情がどこか穏やかだった。

その“小さな変化”に、私は思っていた以上に救われた。
「月に一度ならまた顔を見せられるかもしれない」
そんな静かな希望が、自分の中に灯った。


小さな救い:母の声が今も支えてくれる

元気だった頃の母は、よくこう言っていた。
「あんたは、あんたの人生を楽しみ。私は大丈夫だから」

認知症になった今、その言葉を言えなくなっただけで、
母の本質は変わっていない気がする。
そう思えた瞬間、胸の重さがそっとほどけた。


まとめ:できる範囲で十分

月に一度の面会にしようと決めた。
昔のことを覚えていなくてもいい。会話がなくてもいい。
その時間、母が少しでも安心して笑顔になってくれれば十分だ。

そして何より、
「できる範囲で十分」
この言葉を自分に繰り返していこうと思う。

認知症介護は、不安と救いが静かに混ざり合う時間。
その中で心が軽くなる瞬間を見つけられたなら、それだけで十分な寄り添いだと思う。

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