高齢者 見守り 不安|同じ話にイラッとした夜に考えたいこと

家族と仲間
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同じ話を何度もされたとき、イラッとしませんでしたか

高齢の親と話しているときに、

その話、さっきも聞いたよ

つい、そう言ってしまったことはありませんか。

同じ話を何度もする。
さっき決めたことを忘れている。
約束をもう一度確認してくる。

最初は笑って流せたのに、
回数が増えると、少しだけイラッとする。

そして、言ってしまう。

さっき言ったよね?!

その瞬間の空気。
相手の、少し戸惑った顔。

あとから、じわっとくる後悔

覚えていないのは、わざとじゃないのに。
もしかしたら、病気かもしれないのに。

でも、あのときは思い出してほしかった。

私も、そうでした。


「まあ年のせいかな」と流していた

同じ話が増えても、どこかで自分に言い聞かせていました。

「まあ、年のせいかな」

まだ“介護”と呼ぶほどではない。
近くにいるし、何かあってもすぐ行ける。

そう思っていました。

でもある日、家族に言われました。

「ちょっと回数、多くない?」

その一言に、ドキッとしました。


「何かあったら」ではなく、もう起きていた

ある朝、用事があって電話をかけました。

「いま散歩中」

それはいつものことでした。

でも続けて、こう言ったんです。

どこかわからん

周りの景色を聞いて、背筋が冷えました。

とんでもない場所にいました。

「とりあえず、そこにいて」

そう言いながら車に飛び乗りました。

でも頭の中は別の不安でいっぱいでした。

そこに、本当にいてくれるだろうか。
場所を移動してしまわないだろうか。

焦りというより、恐怖でした。

迎えに行ったとき、母は平静を装っていました。

「ちょっと間違えただけや」

でも私は、そのとき初めて思いました。

「何かあったらどうしよう」じゃない。

もう、知らないところで何かが起きているかもしれない。


人力の見守りには限界がある

それから、電話の回数を増やしました。

行く回数も増やしました。

でも、ふと気づきました。

これ、いつまで続けられるやろう。

仕事もある。
自分の生活もある。

見守りを“気合い”で続けるのは、
長くは持たない。

家族が疲れて倒れたら、
支える人がいなくなります。

それが一番怖いことでした。


家族だけで抱えないという選択

母を責めるのをやめました。

自分も責めるのをやめました。

その代わりに考えたのは、

どうすれば“常に見張らない安心”をつくれるか。

本当に怖いのは、
目の前の出来事よりも、
“知らない時間”です。

家族だけで何とかしようとしなくていい。

頼れるものは頼る。
仕組みを使う。

それは冷たい選択ではなく、
長く支えるための選択やと思っています。

もし今、同じように
高齢者の見守り不安を抱えているなら。

一人で抱え込まなくていい。

見守りは、気合いより仕組み。

そう考えるだけで、少し呼吸が楽になります。

見守りを仕組みに任せるといっても、
特別なことをする必要はありません。

家電の工夫だけで安心が増えた話や、
実際に使って助かった見守りグッズもあります。

無理なく続けられる方法を、別の記事でまとめています。
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