旅行で高い宿は「もったいない」?50代がたどり着いた結論

海の見える高級旅館の豪華な会席料理の夕食 お金の使い方
記事内に広告が含まれています。

台風で九州旅行がつぶれた。

3年前のお盆のことだ。
会社のリフレッシュ休暇とお盆休みを合わせて、家族4人で九州を1週間まわる計画だった。
半年近く前から組んでいた日程が、出発直前に台風直撃の予報で崩れた。

延期か、中止か。
妻とも話した。
「家族4人のスケジュールが次に合う気がしない」と。

娘ふたりそれぞれの予定、妻の仕事、私のリフレッシュ休暇。家族4人がそろう日程は、そうそうない。
来年また同じ時期に取れる保証もない。
「行かれへんくらいなら、場所を変えて行こう」と決めた。

お盆直前の予約変更だから、宿の選択肢はほとんど残っていない。
そこで見つけたのが、岡山・鷲羽山の高級旅館だった。
1人3万円。家族4人で12万円。

「高いな」と思った。ためらった。
それでも「もう予定が動かせない」という状況が、背中を押した。
予約した。

それが、旅行に対する考え方が変わるきっかけになった。
旅行の宿を選ぶとき「もったいない」と感じてしまう人に、あの夜の話をしたい。

ビュッフェの「段違い感」は予想外だった

夕食はビュッフェスタイルだった。

「ビュッフェか、まあそれなりやな」と正直思っていた。
でも席に着いてから、全然ちがうとわかった。

ライブキッチンが構えていた。
目の前で料理が仕上げられていく。
瀬戸内の海の幸と岡山の山の幸が揃っていた。
品数がおかしいくらい多くて、盛り付けもきれいだった。

子どもたちが「これ、やばい」と言いながら何度もお皿を取りに行っていた。
ああいう顔を見たのは、その旅行が初めてだったかもしれない。

食事が良いと、旅行全体の雰囲気が変わる。
「今夜何食べようか」という話し合いがなくて、ただ目の前のものを楽しめばいい。
移動の疲れも、台風で計画が崩れた残念さも、食事が始まってすぐに消えた。
そういう夜だった。

翌朝も料理が良かった。
帰り道のクルマのなかで、家族全員が「また行きたい」と言っていた。

3年後も「あの旅館に行きたい」と言われている

あれから3年が経つ。

「今度の旅行、どこ行きたい?」と聞くと、
子どもから今でも「あの岡山の旅館がいい」という声が返ってくる。

台風で行き先が変わった。
選択肢がなかった。
値段にためらった。

そのぜんぶをひっくるめて、あの旅行は家族の「伝説」になっている。

旅行ってこういうものだと思う。
どこに行ったかより、何を食べて、誰とどんな話をしたかが記憶に残る。

子どもが「伝説の旅館」と呼ぶ理由は、豪華だったからじゃない。
そこで家族が一緒に「すごいな」と言えた体験があったからだと思う。
お金が買ったのは宿泊じゃなくて、その「すごいな」という瞬間だった。

普通の宿で泊まっていたら、夕食の話は出なかった。
「また行きたい」という声も出なかった。
3年後に「あの旅館」として語られることもなかった。

旅行を「また今度」にしてきた経験がある人には、50代は今トライしないと一生やらないかもしれないという話も読んでみてほしい。

宿の探し方の「順番」が変わった

あれ以来、旅行の宿を探すときの順番が変わった。

以前:「まず安いところから探して、気に入ったところがあれば考える」
今:「行きたいところから探して、最後に値段を見る」

まったく値段を見ないわけじゃない。
ただ、「安さ」を起点にするのをやめた。

「泊まりたいかどうか」が先になった。

これだけのことで、旅行の満足度がかなり変わった。
宿がよければ、旅行全体の思い出が引っ張られる。
逆に「あ、ここじゃなくてよかったな」と思った旅行は、記憶が薄い。

今は旅行先より宿を先に決めることもある。
「ここに泊まりたい」が出発点になると、旅行の組み立て方が変わる。
行き先も、移動も、宿を軸にして決める。
その方が旅行全体がしっくりくるようになった。

旅行の計画が「安い宿を埋めていく作業」から、「泊まりたい宿に合わせて旅をデザインする」に変わった感覚がある。

「高い宿」に踏み切るきっかけは、偶然でいい

今回は台風という偶然が背中を押してくれた。
でも、偶然がないと踏み切れないとしたら、それはもったいないと思っている。

「いつか高い宿に泊まりたい」と思いながら、ずっと「安いところから探す」をやっていたら、その「いつか」は来ない。

きっかけは何でもいいと思う。
結婚記念日でも、誕生日でも、子どもの受験が終わったタイミングでも。
「今回だけ、宿にお金をかけてみよう」という1回があれば、次からの選び方が変わる。

私の場合は台風がきっかけだった。
でも結果的に、それが旅行に対する価値観を変えてくれた。
「高い宿への抵抗感」は、一度経験すると薄れる。
迷っているなら、一度だけ試してみてほしい。

12万円を使ったことへの後悔はない

振り返って思うのは、シンプルなことだ。

「行かなかったら、その思い出話はできなかった」。

あのとき安い宿にしていたら、あの食事の話も、子どもたちの顔も、「伝説の旅館」という言葉も今はなかった。

後悔があるとすれば「使いすぎた」じゃなくて、
「もっと早くから自分に許していればよかった」の方だ。

旅行にかけるお金を「もったいない」と思う気持ちはわかる。
自分にもそれがあった。
でも使ったお金は消えたわけじゃない。
思い出として残っている。

3年後も語り継がれているなら、1人3万円は安いとすら思っている。
旅行の記憶は、時間が経っても価値が下がらない。むしろ上がる。

「高い宿はもったいない」と感じる人に伝えたいのは、使ったお金の話じゃない。
「行かなかったとき、何が残るか」を想像してみてほしいということだ。

節約した分のお金は手元に残る。
でも、子どもたちが「あの旅館、また行きたい」と言う夜は残らない。
どちらが「もったいない」かは、人それぞれかもしれない。
ただ、私は今でも「使ってよかった」と思っている。

「豊かな浪費」という考え方が気になる人は、こちらも読んでみてほしい。

まとめ

宿に12万円使ったことは、今でも正解だと思っている。

3年後も子どもが「また行きたい」と言う宿に、後悔のしようがない。

旅行で宿を選ぶとき、「もったいない」より先に「ここに泊まりたいか」を考えるようになった。
それだけで、旅行に対する気持ちがだいぶ変わった。

行かなかったら、その思い出話はできなかった。
使ったお金より、行かなかった後悔の方が重い。