50代、何してもつまらないと感じるとき
「このままずっと、
同じ毎日が続くんかな」
そんなふうに思ったこと、
ないやろうか。
特別に大きな不満があるわけやない。
仕事も家庭も、
表面上はそこまで困ってへん。
でも、なんとなく毎日が同じで、
気づいたら時間だけが過ぎていく。
休みの日も、平日の夜も、
少し前と似たような流れ。
気づけばまた一週間が終わっていて、
また同じ朝が来る。
そんなとき、「人生が終わってる」
とまでは思わへんけど、
どこか引っかかるような感覚が残る。
私自身も、
そんなふうに感じたことがある。
一人暮らしやった母の認知症が進んで、
母の家で一緒に暮らすことになったとき。
大変とか、しんどいとかより先に、
ふと頭に浮かんだのは、
「このままずっと、
この生活が続くんかな」という感覚やった。
もう、自分の家には戻れへんかもしれん。
娘と出かける時間も、
なくなるかもしれん。
そう思ったとき、これから先の毎日が、
同じ形のまま続いていくように見えた。
その瞬間に、「ああ、毎日がつまらないって、
こういう感じかもしれんな」と思った。
でも今振り返ると、
あのときしんどかったのは、
何かが足りひんことやなくて、
「この先がずっと同じに見えたこと」
やったのかもしれへん。
あなたも今、「このままでいいんかな」と
感じているのであれば、
それは、ただつまらないだけやなくて、
一度立ち止まって、自分の時間や
これからのことを考えているからこそ、
出てくる感覚なのかもしれへん。
無理に元気を出さんでもいいし、
無理に「前向きにならなあかん」と
思わへんでもいい。
まずは、そんなふうに感じている
自分がいることを、
そのまま受け止めるだけでも十分やと思う。
50代で毎日がつまらないのは、怠けているからやない
こういう感覚が出てくると、
「自分は贅沢なんかな」とか、
「もっと頑張ってる人もいるのに」と
思ってしまうことがある。
でも、私はそうは思わへん。
50代になると、若いころみたいに
毎日が大きく変わることは少なくなる。
仕事もある程度わかってきた。
家庭の流れも決まってきた。
生活のパターンも、だいたい固まっている。
それは悪いことやないし、
むしろ、安定しているとも言える。
ただ、その安定が長く続くと、
ある日ふと、「この先も、だいたい
こんな感じなんやろな」と
思う瞬間が出てくる。
ここが、しんどい。
忙しいからつまらないんやない。
暇すぎるからでもない。
何か決定的に足りひんからでもない。
ただ、「この先の景色が、
もう見えてしまった感じ」がする。
しかも50代は、20代みたいに
勢いで全部変える年齢でもない。
体力も気力も、
昔みたいに無限には出てこない。
仕事や家族の責任もある。
だからこそ、
「今さら変えてもしんどいだけかも」
「わざわざ何かするほどでもないか」
「困ってないし、このままでええか」
そうやって、何も悪くない毎日が続いていく。
でも、その「何も悪くない」が続きすぎると、
少しずつ平らになっていく。
その平らな毎日の中で、
「なんか、つまらんな」と感じる。
これは、わがままでもないし、
甘えでもないと思う。
むしろ、変わらない毎日に違和感を持てるのは、
まだ自分の時間を雑に扱いたくない
気持ちが残っているから。
何も感じへんくなったわけやない。
ちゃんと引っかかっている。
だからこそ、「このままでいいんかな」
という言葉が出てくる。
そう考えると、この感覚は、
悪いものと決めつけへんでも
いいのかもしれへん。
何してもつまらないときは、大きく変えなくていい
とはいえ、ここで急に
「新しいことを始めよう」とは
ならへんと思う。
正直、そこまでの元気がない日もある。
そんなときに大きな目標を立てると、
余計にしんどくなる。
だから私は、
大きく変えへんでいいと思っている。
ほんの少し、ズラすだけでいい。
たとえば、いつも同じコンビニやなくて、
少し先のコンビニに寄ってみる。
帰り道を、ほんの少しだけ
遠回りしてみる。
それくらいのことで十分。
やること自体は、ほとんど変わらへん。
買うものも、帰ることも、たぶん同じ。
でも、景色が少し変わるだけで、
「あ、ちょっと違うな」と感じる瞬間が生まれる。
この「ちょっと違う」が、意外と大事。
毎日がつまらないと感じるときって、
全部が同じに見えてしまっている
状態やと思う。
だから逆に、ほんの少しでもズレが入ると、
気持ちの引っかかりがゆるむことがある。
大きな挑戦やなくていい。
立派な変化やなくていい。
誰かに褒められるようなことやなくていい。
1ミリでいいから、
いつもと違うものを入れてみる。
それだけでも、「固定された毎日」に
小さなすき間ができる。
そのすき間があるだけで、
同じように見えていた一日が、
少しだけ呼吸しやすくなる。
私はそういう変化のほうが、
50代にはちょうどいい気がしている。
50代は、無理に前向きにならなくてもいい
こういう話をすると、
「結局、自分を変えろってこと?」と
感じる人もいるかもしれへん。
でも、そうやない。
無理に前向きになる必要はないし、
「もっと頑張ろう」と
自分を追い込まんでいい。
今、何してもつまらないと感じているなら、
まず必要なのは、
気合いやなくて余白やと思う。
毎日を全部立て直す必要はない。
これからの人生を、
今すぐ決める必要もない。
ただ、同じ景色の中に、
少しだけ違うものを入れてみる。
それくらいなら、
今の自分でもできるかもしれへん。
その感覚が持てるだけでも、
もう十分やと思う。
実際、人生って、
急に大きく変わることより、
小さなズレの積み重ねのほうが
効くことがある。
コンビニを変える。帰り道を変える。
座る場所を変える。
休日の午前中の過ごし方を、
少しだけ変える。
そんな小さなことでも、
「今日は昨日とまったく同じではなかった」と
思えるだけで、気持ちは少し軽くなる。
毎日がつまらないときに欲しいのは、
派手な刺激やなくて、
「完全に同じじゃない」と思える
感覚なのかもしれへん。
まとめ
50代で何してもつまらないと感じるのは、
何もかも失ったからでも、
感性が鈍ったからでもないと思う。
むしろ、このままでいいんかなと、
一度立ち止まって考えているからこそ
出てくる感覚。
だから、焦らんでいい。
無理に変わらんでもいい。
でも、ほんの少しだけズラしてみる。
いつもと違うコンビニ。
いつもと違う帰り道。
それくらいの小さな違いでも、
同じに見えていた毎日は、
少しだけ動き出す。
「何してもつまらない」と感じたときは、
人生が止まっている合図やなくて、
毎日をもう少し大事にしたいという気持ちが、
ちゃんと残っている合図なんやと思う。
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