介護 50代 現状維持|忙しさを理由に止まっていると気づいたこと

家族と仲間
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介護を理由に、未来まで閉じてへんやろうか

「今は介護があるから無理」
そう言いながら、
旅行の話や新しい挑戦を、
そっと断ったことはないやろうか。

忙しいのは、事実。
余裕がないのも、本当やと思う。

でも、気づかへんうちに、
介護を理由に、未来のことまで
考えへんようにしてへんやろうか。
これは、少し前の私の話。

守ることばかり考えていた頃

母の介護が現実味を帯びてきた頃、
私は旅行のことを
考えへんようにしていた。

旅行は、準備がいる。
宿を予約し、日程を決め、
段取りを整える。
でも介護は、何が起こるか分からへん。

キャンセルになるかもしれん。
余計な手間が増えるかもしれん。
やったら、最初から
考えへんほうがいい。

それは言い訳やなくて、
本気で「現実的な判断」やと思っていた。

現状維持という安心

頭の中は、ずっと
守りのことばかりやった。

母のトラブルをどう防ぐか。
自宅の改修は必要か。
便利グッズはないか。

進歩より、現状維持。
未来より、悪化させへんこと。
それが普通で、仕方ないし、
それでいいと思っていた。

正論は届かない

もしあの頃、
「介護があっても動けばいい」
「新しいことを始めたら?」
そう言われていたら、
私はきっと反論していたと思う。

「無理なんや。
分かってるけど、無理なんや」

正論は、当事者には届かへん。
忙しいのは、本当やから。

あのまま続いていたら

今、振り返ると少し思う。
あの守りモードが、
あと数年続いていたら。

ブログは始めてへんかった。
AIも触ってへんかった。
投資も趣味も旅行も、
きっとしてへんかった。

現状維持のつもりで、
静かに衰退していたと思う。
止まっている自覚すら、なかったはず。

1ミリでいい

介護は、大変。
時間も取れへん。
でも、全部止めへんでいい。

大きな決断やなくていい。
予約を入れへんでもいい。
ほんの少しだけ、
自分の未来を考えてみる。

1ミリでいいから、
現状から抜け出すことを、
自分のために考える。
止まり続ける未来は、
それだけで、少しだけ変わる。

介護しながら、私が実際にやってみたこと

「動く」といっても、
大げさなことやない。
私がやったのは、こんなこと。

介護の合間に、ブログを書き始めた
(最初は週1本でもよかった)。
旅行の「行き先候補リスト」だけ作った
(予約は後回しでいい)。
気になっていた本を、1冊だけ買った。
ChatGPTで老後の収支シミュレーションを
やってみた。

どれも、30分もあればできること。
でも、やってみると気づく。
「あ、動けるやん」と。
その感覚が、
次の小さな一歩につながった。

介護中に自分のことを考えるのは、
正直、最初は罪悪感があった。
でも今は思う。
自分が消耗しきったら、
介護も続けられへん。
自分を少し動かすことは、逃げやなくて、
長く続けるための「補給」やと考えている。

先の見えへん介護で、
気持ちをいつも保てていたわけやない。
ただ、「大きな希望」を
持とうとするのをやめた。
代わりに「今週の楽しみ」を
一つだけ作るようにした。
それくらいのスパンが、
今の自分には合っていた。

まとめ

介護は、確かに大変。
時間も体力も気力も、削られていく。

でも「介護があるから、全部止める」は、
自分の未来まで止めることになる。

私が気づいたのは、
「止まっていた自覚がなかった」ということ。
1ミリの動きが、半年後の自分を変える。
それは、体験して初めて分かった。

今、介護の中にいる人に
届けばいいと思って、書いた。

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