【認知症シリーズ第5話】折り紙の昼下がり──気づけば同じ形が机いっぱいに

家族と仲間
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週末の昼、気づけば折り紙をするのが“当たり前”になっていた

母がなるべく外出しないように、週末は出来るかぎり母の所に顔を出した。
そして、決まって行うのが“折り紙”だった。
といっても、芸術的な折り紙ではない。

ブロック折り紙。
ひたすら同じパーツを量産する、あれだ。

最初のうちは「こんなに同じの作ってどうするの…」と
母は不思議がっていたが、それも数週間すると妙に“週末の風景”として馴染んできた。


折り紙の時間は、特別でも介護でもなく“いつもの時間”だった

母は折り紙の箱を開けて、迷いなく紙を取り出す。

折り方はとてもシンプルで、誰でも簡単に折ることができる。
なのに、母は1枚1枚ものすごく丁寧で、
ひと折りごとに「ここ、合ってるよな?」と確認するように
指で形を整えていた。

私と弟は、それを横で見ながら座っているだけ。
できばえを褒めるというより、
「今日も同じ色やな」
「これ何個目?」
そんな気楽なやり取りが続く。

折り紙は母のためというより、
いつのまにか “家族の雑談のスイッチ” になっていた。


不思議なもので、折り紙のときだけ母は落ち着いていた

普段の母は、
探し物に気を取られたり、
予定を忘れて焦ったり、
会話が少し噛み合わなかったりする日もあった。

でも折り紙を前にすると、
その全部が脇に置かれるようだった。

紙を折る音と、
ラジオの柔らかい声と、
家族の雑談だけが部屋に流れる。

母が紙を折るたび、
「よし、ひとつできた」
と小さく呟く。

その声が妙に楽しそうで、
私と弟もつい笑ってしまう。

折り紙は、母にとって
“落ち着くスイッチ”
みたいなものだったのかもしれない。


誰も覚えていないけれど、気づけば山のように積み上がる

ブロック折り紙のパーツは、軽い。
そして小さい。
だから机の端っこにすぐ積み上がる。

気づけば、
・ピンクの山
・黄色の山
・青の山

と、カラフルな丘のようになっていた。

弟が冗談で
「これ、そのうち天井まで積むかもな」
と言うと、母が笑いながら

「そんなんしたら地震きたら大変やで」
と返した。

こういう何でもないやり取りが、
折り紙の時間にはたくさんあった。


折り紙は、母が“自分のペースを取り戻せる場所”だった

折り紙をしているとき、
母の手の動きはとても一定だった。

ゆっくり紙を折る。
折り筋を整える。
次の紙を取る。

淡々としたリズムが繰り返される。
そのリズムが途切れるときは、
母が疲れているサインだった。

「ちょっと休むわ」と言うと、
私と弟もそのまま一緒に休む。

そしてまた誰ともなく折り紙に戻る。

そこに気負いはなく、
“無理していない母”
がいた。

認知症が進んでくると、
何かをしなければと焦ってしまいがちだが、
折り紙の時間だけは焦りがなかった。


結果として、家族にとって一番落ち着く時間になっていた

折り紙の時間は、
最初は「外に出ていかないための工夫」だったはずなのに、
数ヶ月するとすっかり
家族3人の“くつろぎ時間”
に変わっていた。

テレビの音もない。
スマホを見る必要もない。
ただ机の周りで3人並んで座り、
同じ作業をゆっくり続ける。

母が「今日はここまで」と手を止めると、
私と弟も「あ、そろそろ帰るか」と腰を上げる。

その自然な流れも含めて、
なんだか週末の“儀式”みたいだった。

認知症がくれたのは、
しんどさだけではなく、
こんなふうに家族がゆっくり同じ方向を向く時間でもあった。

折り紙のパーツがどれだけ溜まっても、
誰も文句を言わなかった。
むしろ、パーツが増えるほど
「あ、今日も母は落ち着けたんやな」と思えた。

そんなふうに、
折り紙は家族にとって
“状態を見るバロメーター”にもなっていた。


読者へのひとこと

認知症の介護は、
「今日できなかったこと」に目が向きがちです。
でも、できることをゆっくり続けるだけで、
家族にも本人にも穏やかな時間が生まれます。

折り紙でなくていい。
単純作業でなくてもいい。
**“一緒に座れるきっかけ”**があれば、それで十分です。

後から振り返ると、
そんな時間こそ家族の宝物になります。

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