【認知症シリーズ第3話】線路に入りかけた日──”家に戻れない不安”

家族と仲間
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迷子が増えた頃、母の行動に「違う種類の不安」を感じた

物忘れが増え始めた頃、
母の「外に出る回数」も、
ゆっくりと増えていった。

買い物に行くつもりで家を出たのに、
途中で目的を忘れて戻れなくなる。
近所の公園で立ち尽くしている母を、
見つけたこともあった。

この時期は、「忘れる」よりも、
「道がわからなくなる」兆候が
目立ち始めていた。

帰り道がわからない。
家がどの方向か思い出せない。
知っているはずの道が、
知らない場所に見える。

迷子になった母は、
いつも申し訳なさそうに笑いながら、
「なんでやろなぁ。
前は迷わんかったのに」とつぶやいた。

あの日、母は誤って踏切の中へ入ってしまった

ある日、携帯に
「警察署」から着信があった。
電話に出ると、
「お母さまが踏切付近で保護されました」
という連絡やった。

急いで駆けつけると、母は警察官の隣で、
不安そうに座っていた。

事情を聞くと、踏切を渡り切る前に、
誤って線路内に
足を踏み入れてしまったという。
駅員が非常ボタンを押し、列車は止まった。
幸い、けがはなかったものの、
胸が冷たくなる出来事やった。

母は震える声で、
「帰るつもりやってん。
道がわからんようになって…」とつぶやいた。

怒る気持ちより、
母が感じている「家に戻れない不安」の深さが、
胸に刺さった。

外に出るのを止めるのではなく、「外に出なくていい理由」をつくった

徘徊を防ぐために、
玄関を施錠する方法もあったけど、
母の自由を奪うようで、ためらった。

そこで考えたのは、
「外に出なくても落ち着ける時間」、
つまり家の中の居場所をつくること。

そのきっかけになったのが、折り紙やった。
詳しくは折り紙ルーチンの記事に書いている。

母はラジオを聴きながら、
折り紙を一つ折ると、また一つ。
気づけば30分、1時間と集中していた。

紙を折る音が静かに響き、
母の表情は、穏やかやった。

「家に居場所がある」と、外に出る回数がゆっくり減った

折り紙、ラジオ、簡単な洗濯物たたみ。
家の中に「できること」が増えると、
母の行動は変わり始めた。

玄関に向かう回数が減る。
外出直前に「今日はええわ」と言う日が増える。
折り紙を取り出して、自分から座る。

徘徊を「止めた」というより、
徘徊を「選ばなくなった」という変化やった。

あわせて、郵便局や交番に
母の顔写真と連絡先を預けて、
見かけたら連絡をもらえる仕組みも作った。
でも、いちばん効いたのは、
母の隣で過ごす時間そのものを
増やしたことやったと思う。

まとめ:「決定的な瞬間」が来てからでは、遅いこともある

母が踏切に入りかけた日のことは、
今でも鮮明に覚えている。

あの日、母を連れて帰る車の中で、思った。
もしあの踏切に車が来ていたら、
あの瞬間で、すべてが終わっていた。

怒るより先に、胸に来たのは、
「母と一緒にいられる時間は、もう、
そんなに長くないかもしれへん」という感覚。

仕事の予定。自分の家のこと。
50代になっても、毎日は忙しい。
でも、決定的な瞬間が来てから
「もっと一緒にいればよかった」では遅い。

その日から私は、母の隣で過ごす時間を、
後回しにしないと決めた。

50代の親との時間は、待ってくれへん。
あの踏切の出来事は、
私の時間の使い方を強制的に変えた、
分岐点やった。

シリーズの続きと、関連の話はこちら。
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