介護 自由時間|親の介護が始まった夜に感じた不安と、今考えていること

家族と仲間
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親の介護で、自由な時間がなくなると思った夜

親の介護が現実味を帯びてくると、
ある日ふと、
こんな考えがよぎることがある。

もう、自分の自由な時間は
戻らへんのかもしれない、と。

入院という環境変化

あれは、母が糖尿の検査入院をしたとき。

それまでは、一人暮らしができていた。
多少の物忘れはあっても、
生活は回っていた。

ところが、入院という環境の変化で、
母は混乱した。

「なんでここにおるんや」
「帰らせてくれ」

病院から、何度も電話が入った。
落ち着かない様子で、
夜も眠れてへんという。

このまま予定通りの入院は
難しいかもしれない。
そう言われて、
退院を早めることになった。

電話を切ったあと、
頭の中でいくつも考えが巡った。
このまま一人暮らしは続けられるんか。
もし無理なら、どうするんか。
すぐに答えは出えへんかった。

実家での生活が始まる

しばらくのあいだ、
私が実家で泊まることにした。

母が退院する前日、
娘と推しのライブに行っていた。
もともと決まっていた予定やった。

正直、少し迷った。でも、行った。

会場の熱気に包まれて、
娘と並んで同じステージを見ていた。
楽しかった。

ただ、曲の合間に、ふと考えた。
こんな時間は、しばらく
ないのかもしれへんな、と。

それ以上は考えへんようにした。
今は楽しもう、と。
そして母が退院し、
実家での生活が始まった。

静かな夜

私が寝る部屋にはテレビもなく、
何もなかった。

自分の家なら、この時間は
ソファに座ってテレビをつけている。
何気ない日常が、
急に遠くなった気がした。

スマホを手に、ニュースを流し読みする。
特に読みたいわけでもないのに、
画面をスクロールする。

静かやった。

物音がするたびに、耳がそちらに向く。
母はちゃんと部屋にいるか。
トイレに立ったんか。転んでへんか。
布団に入っても、
完全には気が抜けへんかった。

覚悟した夜

そのとき、思った。

このまま一生、母と二人なんやろか。
娘と過ごす時間も、旅行も、
自分の好きなことも、
全部なくなるんやろか。

怒りはなかった。
「仕方ない」と思った。
自分の母親やから。

覚悟した。
これからは、母中心の生活やな。
週末も自由にはならんやろな。
旅行は当分、無理やろな。
そう思った。

あの夜の絶望は、本物やった

結果として、実家での生活は
5日ほどで終わった。
母はなんとか、一人暮らしを
続けられそうやった。

あのとき想像した未来は、
そのまま続いたわけやなかった。

でも、あの夜に感じた絶望は、
早とちりでも思い込みでもなかったと
思っている。
あのときは、本気で、
自由な時間が全部なくなると思った。

介護しながら、自分の時間を少しだけ守るためにやったこと

実家での生活が始まってから、
自分の時間はほぼなくなった。
でも、完全になくなったわけやなかった。

母が昼寝をしている時間。
朝、まだ起きてへん時間。
その隙間に、ブログを書いたり、
本を読んだりするようになった。

大きな時間やなくていい。
「自分のための30分」を
意識して作るようにした。
それだけで、気持ちの余裕が
少し違った。

介護中に自分の時間を作ることに、
罪悪感を持つ人もいると思う。
その気持ちは、よく分かる。
でも、自分が消耗しきると、
介護の質も下がる。
自分を少し満たすことは、
親のためにもなる。

「いつ終わるか分からへん」不安も大きい。
私が意識したのは、
「いつ終わるか」を考えへんことやった。
今日一日、今週一週間、
それだけを見るようにした。
長いスパンで考えると、気持ちが折れる。
短いスパンで動くほうが、続けやすかった。

まとめ:もし今、不安な夜を過ごしているなら

介護が始まった夜に感じた
「自由な時間がなくなる」という不安は、
本物やった。

でも実際は、
完全になくなるわけやなかった。
見つけようとすれば、隙間はあった。

もし今、自由な時間がなくなるのかもと、
ひとりで不安になっている人がいるなら。
ひとまず、落ち着いてほしい。
いまは全部なくなるように
思えるかもしれへん。
でも、一人で全部背負わんでいい。

介護の中にいても、
自分の時間を意識的に作ること。
それが、長く続けるための
一つの答えやと思っている。

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