夕方から“何かが変わる”母
母の変化がはっきり見えてきたのは、夜でした。
昼間は家事も料理も問題なくこなし、むしろ私より元気な日もある。
だからこそ、夕方から夜にかけての表情の変化が目立ちました。
夕方になると、鼻歌を歌いながら部屋を歩き回るようになり、
どこか落ち着かない様子が出てくる。
当時の私は「今日は疲れてるんかな」くらいの認識でしたが、
今思えば“夕方症候群”の初期だったのだと思います。
母の行動には、ひとつの共通点が表れ始めていました。
“大事なものを確認したくなる” ということです。
探し物の始まりは、いつも同じ言葉
「財布がない気がする」
「リモコン、どこ置いたっけ?」
この言葉が出ると、夜の宝探しが始まります。
最初は一緒に探していましたが、
次第に“想像のつかない場所”にしまうようになりました。
- タオルの下
- 冷蔵庫の上
- 食器棚の奥
- パジャマのポケット
見つけても、数分後にはまた不安が押し寄せる。
しまった瞬間は覚えていても、そのあとの記憶が抜けてしまう。
私はこの時期、「探し物の問題」は
物の問題ではなく、不安の波が押し寄せるサイン だと気づき始めました。
夜中の12時、母が動き始めた日
ある夜、実家に泊まっていると、
母が寝室から出てきて「財布がない」と言いました。
時計を見ると夜の12時すぎ。
「明日探せばいいやん」と声をかけても、
母は聞こえていないように家中の照明をつけて探し始めました。
タンスの引き出しを一段ずつ開け、
押し入れの奥に腕を突っ込んで、
「ここに入れたはずやのに」とつぶやく。
リビング、寝室、廊下──部屋という部屋の“影”を確かめるように歩き回る姿に、
私は胸が痛くなりました。
2時間続いた宝探しに寄り添った夜
探し始めて1時間が過ぎたころ、私は心が折れそうでした。
- 同じ場所を何度も探す
- 会話がかみ合わない
- 「信用してないんやろ」と怒られる
- 助けたいのに助けられない
母は“物をなくした不安”ではなく、
“自分を失う不安” と戦っていたのだと思います。
「絶対ここに置いたはずやのに」
「なんでないんやろ」
そのつぶやきは、私の胸にずっと残っています。
2時間を過ぎた頃、母はふっと力が抜けたように座り、
「もうええわ」とささやきました。
その横顔を見て、私は
不安の量を減らすことこそ、家族ができる支えなんや
と気づきました。
キーファインダーの“効く時期”と“効かない時期”
その後、私はキーファインダーを導入しました。
財布や鍵に受信機をつけ、ボタンを押すと音が鳴るタイプです。
最初はうまくいっていました。
母も音のする方に耳を澄ませて安心した様子を見せていました。
しかし、だんだん
音は聞こえるのに、方向がわからない
という状況が増えていきました。
認知症が進むと、
“音の位置を想像する力” が弱くなる。
この時私は、
便利な道具でも 「効く時期」 と 「効かない時期」 があるという
当たり前のことを痛感しました。
仕組みで不安を減らすという考え方に変わった
夜の宝探しは、
母にとって“安心を取り戻す時間”でした。
何度見つけても安心は長続きせず、
不安がくるとまた探し始める。
言葉で止めることはできない。
そこで私は発想を切り替えました。
→ 不安そのものを減らす仕組みを作る。
見守りカメラは、その第一歩でした。
“置いた瞬間”を確認できるだけで、
私の心の負担は大きく減りました。
このあと導入するスマートリモコンは、
“探す対象そのものを消す”効果があり、
夜の宝探しは少しずつ減っていきました。
読者へのひとこと
探し物の裏にあるのは、
“物”ではなく“心の不安”です。
正解は家庭ごとに違いますが、
共通するのはひとつ。
不安の量を減らす工夫を、少しずつ積み重ねること。
それだけで、
夜は静かに、やさしく変わっていきます。
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