【認知症シリーズ第2話】夜の宝探し──2時間寄り添ったあの夜

家族と仲間
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夕方から“何かが変わる”母

母の変化がはっきり見えてきたのは、夜でした。
昼間は家事も料理も問題なくこなし、むしろ私より元気な日もある。
だからこそ、夕方から夜にかけての表情の変化が目立ちました。

夕方になると、鼻歌を歌いながら部屋を歩き回るようになり、
どこか落ち着かない様子が出てくる。
当時の私は「今日は疲れてるんかな」くらいの認識でしたが、
今思えば“夕方症候群”の初期だったのだと思います。

母の行動には、ひとつの共通点が表れ始めていました。
“大事なものを確認したくなる” ということです。


探し物の始まりは、いつも同じ言葉

「財布がない気がする」
「リモコン、どこ置いたっけ?」

この言葉が出ると、夜の宝探しが始まります。
最初は一緒に探していましたが、
次第に“想像のつかない場所”にしまうようになりました。

  • タオルの下
  • 冷蔵庫の上
  • 食器棚の奥
  • パジャマのポケット

見つけても、数分後にはまた不安が押し寄せる。
しまった瞬間は覚えていても、そのあとの記憶が抜けてしまう。

私はこの時期、「探し物の問題」は
物の問題ではなく、不安の波が押し寄せるサイン だと気づき始めました。


夜中の12時、母が動き始めた日

ある夜、実家に泊まっていると、
母が寝室から出てきて「財布がない」と言いました。
時計を見ると夜の12時すぎ。

「明日探せばいいやん」と声をかけても、
母は聞こえていないように家中の照明をつけて探し始めました。

タンスの引き出しを一段ずつ開け、
押し入れの奥に腕を突っ込んで、
「ここに入れたはずやのに」とつぶやく。

リビング、寝室、廊下──部屋という部屋の“影”を確かめるように歩き回る姿に、
私は胸が痛くなりました。


2時間続いた宝探しに寄り添った夜

探し始めて1時間が過ぎたころ、私は心が折れそうでした。

  • 同じ場所を何度も探す
  • 会話がかみ合わない
  • 「信用してないんやろ」と怒られる
  • 助けたいのに助けられない

母は“物をなくした不安”ではなく、
“自分を失う不安” と戦っていたのだと思います。

「絶対ここに置いたはずやのに」
「なんでないんやろ」
そのつぶやきは、私の胸にずっと残っています。

2時間を過ぎた頃、母はふっと力が抜けたように座り、
「もうええわ」とささやきました。

その横顔を見て、私は
不安の量を減らすことこそ、家族ができる支えなんや
と気づきました。


キーファインダーの“効く時期”と“効かない時期”

その後、私はキーファインダーを導入しました。
財布や鍵に受信機をつけ、ボタンを押すと音が鳴るタイプです。

最初はうまくいっていました。
母も音のする方に耳を澄ませて安心した様子を見せていました。

しかし、だんだん
音は聞こえるのに、方向がわからない
という状況が増えていきました。

認知症が進むと、
“音の位置を想像する力” が弱くなる。

この時私は、
便利な道具でも 「効く時期」「効かない時期」 があるという
当たり前のことを痛感しました。


仕組みで不安を減らすという考え方に変わった

夜の宝探しは、
母にとって“安心を取り戻す時間”でした。
何度見つけても安心は長続きせず、
不安がくるとまた探し始める。

言葉で止めることはできない。
そこで私は発想を切り替えました。

→ 不安そのものを減らす仕組みを作る。

見守りカメラは、その第一歩でした。
“置いた瞬間”を確認できるだけで、
私の心の負担は大きく減りました。

このあと導入するスマートリモコンは、
“探す対象そのものを消す”効果があり、
夜の宝探しは少しずつ減っていきました。


読者へのひとこと

探し物の裏にあるのは、
“物”ではなく“心の不安”です。

正解は家庭ごとに違いますが、
共通するのはひとつ。

不安の量を減らす工夫を、少しずつ積み重ねること。

それだけで、
夜は静かに、やさしく変わっていきます。

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